あの場所は今 銀座四丁目交差点

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あの場所は今 銀座四丁目交差点

今回は、銀座四丁目交差点(東京都中央区)を訪ねてみました。

中央通りと晴海通りが交わる、銀座の真ん中にある交差点のため、テレビなどでご覧になった方、また実際に行った経験がある方も多いのではないでしょうか。

銀座尾張町交差点
マンガンクロッシングの敷設(1949年7月)

1949年、当時「銀座尾張町」と呼ばれていた交差点に当社が製造したマンガンクロッシングを敷設しました。マンガンクロッシングに「銀座4丁目」、後ろの建物に右から「服部時計店」と記されていることが写真から確認できます。

マンガンクロッシングは「マンガン鋼製特殊軌条」とも呼ばれ、鉄道レールの分岐部分に使用される商品で、高い靭性、高耐摩耗性を誇り、列車が通過し、荷重がかかるとレールの表面だけが圧縮されて硬くなります。大正末期から昭和初期にかけ、当社の危機を救った立役者で、現在でもグループ会社の(株)大同キャスティングスで生産を続けているロングセラー商品です。

銀座四丁目交差点

その後、1967年に東京都電車(都電)銀座線などが廃止されたため、現在、同交差点では線路はもちろんのこと、電車も姿を消し、往来の主役は自動車に交代しました。一方、道路の下では、中央通りを東京メトロ銀座線、晴海通りを同日比谷線が走り、都民の足として活躍しています。そして、1949年の写真から「服部時計店」の文字を確認できたビルは、時計台のある「和光」のビルとして多くの観光客の目を楽しませています。

この地で当社のマンガンクロッシングを確認することはできなくなりましたが、銀座四丁目交差点はこれからも外国からの観光客を含め、数多くの方の行き交う場所であり続けることでしょう。

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