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大同 今昔物語

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2016年9月13日大同 今昔物語

4階建てに増築された中央研究所

2016年9月6日大同 今昔物語

関東製鋼(株)の成り立ち

2016年9月1日大同 今昔物語

大同製鋼50年史を発刊

モノづくりの歴史

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2017年3月24日モノづくりの歴史

大同のステンレス鋼粉末

2017年3月23日モノづくりの歴史

動物飼育用ステンレス檻とケージ

2017年3月22日モノづくりの歴史

省エネ・省公害に活躍するレキュペレーター

あの場所は今

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2016年5月18日あの場所は今

あの場所は今 銀座四丁目交差点

2016年3月18日あの場所は今

センバツ発祥の地

2016年3月14日あの場所は今

あの場所は今 木曽福島工場

100年目を刻む

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2016年11月17日100年目を刻む

JIMTOF2016出展中

2016年10月12日100年目を刻む

2016年国際航空宇宙展に出展中

2016年9月28日100年目を刻む

センサエキスポジャパン2016に出展中

あの日の一枚

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2016年9月12日あの日の一枚

新幹線の運行を支えるマンガンクロッシング

2016年9月9日あの日の一枚

復元された社旗

2016年9月8日あの日の一枚

大同ビルに2代目ネオン塔出現

エピソードカレンダー

1916年3

1916年8

1925年1

1925年11

1929年7

1937年12

1940年4

1940年5

1950年2

1950年6

1962年10

1976年9

「電気製鋼」創刊
特殊鋼の技術普及と研究発表の場を提供する目的で創刊された技術広報誌。2009年に「大同特殊鋼技報 電気製鋼」と名前を改め、現在も継続して発行中です。
新大同製鋼(株)設立
企業再建整備法に基づき、大同製鋼(株)は2月1日に新大同製鋼(株)と大同鋼板(株)に分割されました。新大同製鋼(株)は熱田工場を閉鎖し、築地工場に集約。また、星崎工場の生産設備を西半分に集約し、東半分を三井化学工業(株)に売却しました。
1.5トンエルー式アーク炉が完成
(株)電気製鋼所創業のおよそ5カ月前、1916年3月10日に1.5トンエルー式アーク炉が完成し、熱田工場で炭素鋼の試作が始まりました。名古屋電燈(株)製鋼部の寒川恒貞が設計。寒川は創業者福沢桃介に電気炉製鋼業を進言し、のちに(株)大同電気製鋼所の社長を務めた人物です。1.5トンエルー式アーク炉は現存する日本最古の電気炉で、現在は当社の社宝として知多工場に展示されています。
本店を星崎工場へ移転
1940年4月5日に本店を築地工場から星崎工場(名古屋市南区星崎町繰出)へ移転しました。当社の本店所在地は1916年の(株)電気製鋼所設立時の東京市麹町区有楽町を皮切りに、1918年に同市麹町区永楽町へ移転。1922年の(株)大同電気製鋼所発足時には熱田工場(名古屋市南区熱田東町字丸山)、1933年には築地工場(名古屋市南区東築地)へと移転を続けました。本店所在地の変遷は、当社の生産の中心の移り変わりを示してもいます。
大同製鋼技能者養成所を開所
星崎工場の操業開始をはじめ、各地での工場新設に対応するため、工場従業員の獲得、技能者の養成が重要な課題となり、当社は1940年5月に大同製鋼技能者養成所を開所、6月には大同製鋼青年学校を開校し、入社する少年工は両者の教育を修めることになりました。また、旧制専門学校程度の特殊鋼製造技術を身につけさせるため、同年4月に大同特殊鋼技術者養成所も開所。1943年に同所は大同製鋼専門技術者養成所と改称し、ますますの発展を遂げました。
熱田工場を閉鎖
1916年8月に(株)電気製鋼所として創業した当社は熱田工場でフェロアロイ、工具鋼の生産を開始し、他社に先駆けて電気炉製鋼の礎を築きました。熱田工場は、1927年に当時国内最大の10トン炉を設置、その後は鋳鋼専門工場として設備を増強。空襲の被害を受けたものの、終戦後いち早く生産を再開し、当社の復興を支えました。新大同製鋼(株)再建策の一環として熱田工場の設備は築地工場に移設集約され、1950年6月10日に熱田工場を閉鎖。創業以降、30余年にわたり当社を支え続けてきた熱田工場は、その歴史に幕を下ろしました。
操業を再開した福島工場
創業時から手掛けていた合金鉄は海軍軍縮による需要減退を受け、1922年には木曽福島工場を一時閉鎖し、熱田工場に生産を集約しました。しかし、国内経済に力強さが戻ってくると、1930年に熱田工場では旧1,200kWジロー式合金炉を廃棄し、600kWエルー式合金炉2基に更新。1932年には木曽福島工場の操業再開を決定、工場名を福島工場と改め、600kW合金炉2基が稼働、フェロシリコン、フェロマンガンの生産を開始しました。
(株)電気製鋼所を設立
1916年8月19日、「日本の電力王」とも呼ばれた福沢桃介は、水力発電による余剰電力を利用した電気炉製鋼の事業化をめざして工場を名古屋の熱田に定め、名古屋電燈(株)から製鋼部門を分離し、(株)電気製鋼所を設立しました。この日が当社の創業日にあたります。熱田工場に自社設計の1.5トンエルー式アーク炉を設置し、工具鋼の試作を開始しました。(株)電気製鋼所の設立目的を記した設立趣意書はこちらのページからご確認いただけます。
3社合併により大同特殊鋼(株)発足
大同製鋼(株)、日本特殊鋼(株)、特殊製鋼(株)の3社が合併し、1976年9月1日に大同特殊鋼(株)が発足しました。日本で最も古い歴史と伝統を有するとともに、それぞれ独自の分野を誇る特殊鋼メーカー3社の合併により大同特殊鋼(株)は誕生しました。
知多工場 製鋼、分塊、鋼片圧延工場が竣工
1962年10月、世界最大規模の特殊鋼一貫工場として製鋼、分塊、鋼片圧延工場が完成しました。総合試運転に入った製鋼工場では構造用鋼などの量産鋼種を中心に溶製を続けました。
日本で初めてマンガン鋼製特殊軌条の製作に成功
熱田工場で、日本で初めてマンガン鋼製特殊軌条(マンガンレール)の製作に成功しました。市電、私鉄の普及により全国各地、海外に至るまでマンガン鋼製特殊軌条は広く敷設され、昭和初期の不況下においても好調を持続し、当社の救世主となりました。
星崎工場 操業を開始 
民需用特殊鋼の需要増加に伴い、建設工事を進めていた星崎工場は10トン炉頂装入型大同メタルス式アーク炉の火入式を終えた1937年12月に操業を開始しました。星崎工場は、2017年に操業80周年を迎えます。
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